AI音楽の批判と法律:日本だけが「AI学習に寛容」な理由
日本の著作権法第30条の4は、AIの学習目的であれば原則として他人の楽曲を許諾なしに使えると定めています。ただし「著作権者の利益を不当に害する場合」は除外され、無制限の安全地帯ではありません。文化庁の2024年ガイドライン、JASRACの懸念、そしてEUや米国の訴訟まで、AI音楽をめぐる法と批判の現在地をデータで読み解きます。
要点まとめ
- 著作権法第30条の4は、AI学習などの情報解析目的なら原則として無許諾での利用を認めています。
- 同条にはただし書きがあり、著作権者の利益を不当に害する場合は適用されません。
- 「情報解析」は言語・音・影像などの要素を抽出・比較・分類する行為と定義されています。
- 文化庁は2024年3月15日に「AIと著作権に関する考え方について」を取りまとめました。
- 特定の作風を狙い撃ちする学習はただし書きに抵触し得ると整理されています。
- 文化庁は2024年7月31日に「チェックリスト&ガイダンス」を公表しました。
- JASRACは2023年7月、AI開発でのフリーライドに「大きな懸念」を表明しました。
- JASRACは日本がG7で唯一AI学習に寛容な国だと主張しています。
- JASRACは第30条の4の改正を含む立法的対応を強く求めています。
- 日本フリーランスリーグの24,991人調査で92.8%が学習データ開示の法制化を求めています。
- 同調査で88.2%が強い同意管理を求めています。
- CRICが生成AI時代の著作権を学ぶセミナーや解説を提供しています。
- STORIA法律事務所が第30条の4の射程について詳細な法的解説を公開しています。
- 2024年6月24日、RIAAがSunoとUdioを著作権侵害で提訴しました。
- Sunoは2024年8月、学習は米国法のフェアユースだと反論しました。
- EU AI法は2025年8月2日からAI開発者に著作権遵守と学習データ要約の公表を義務付けています。
- 米テネシー州のELVIS法は2024年7月1日に施行され、声のAIクローンを規制します。
- 2024年4月、200名超のアーティストが「略奪的なAI利用」に反対する公開書簡に署名しました。
- CISACは2024年12月、AI音楽で創作者の収入の24%が2028年までに失われ得ると予測しました。
- AIで作られた偽の「Drake/The Weeknd」曲は削除前にSpotifyで約25万回再生されました。
日本の特異点:著作権法第30条の4と「情報解析」の自由
1. AI学習なら原則無許諾、それが第30条の4
2018年に改正され2019年1月1日に施行された著作権法第30条の4は、「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない」利用、たとえば情報解析や機械学習のためであれば、原則として権利者の許諾なしに他人の著作物を使えると定めています。AIに楽曲を学習させる行為も、ここに含まれると整理されています。1
2. ただし「利益を不当に害する場合」は除外
第30条の4には重要なただし書きがあります。利用の態様に照らして「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には、この権利制限は適用されません。つまり、学習段階であっても無制限の安全地帯ではなく、侵害と判断される余地が残されています。2
3. 「情報解析」とは何か
情報解析は、多数の著作物その他の大量の情報から、言語・音・影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較・分類その他の解析を行うことと定義されています。この定義はAIモデルの学習をカバーできるほど広いものです。3
文化庁はどこに線を引いたか:2024年ガイドラインの中身
4. 文化庁「考え方」は2024年3月15日に取りまとめ
文化審議会著作権分科会法制度小委員会は、2024年3月15日に「AIと著作権に関する考え方について」を取りまとめ、公表しました。これは法律そのものの改正ではなく、現行法の解釈を整理した文書である点に注意が必要です。4
5. 作風の狙い撃ち学習はただし書きに抵触し得る
この「考え方」は、特定の創作者の作品を意図的に集中して学習させたり、特定の作品や作風を意図的に再現させたりする行為は、第30条の4のただし書きに該当し、権利者が得られたはずのライセンス料収入の機会を害し得ると整理しています。5
6. 実務向けの「チェックリスト&ガイダンス」
文化庁はさらに2024年7月31日、AI開発者・サービス提供者・権利者向けに「AIと著作権に関するチェックリスト&ガイダンス」を公表し、実務上のリスク判断を支援しています。6
JASRACとクリエイターの反発:「フリーライドは公正か」
7. JASRACは「大きな懸念」を表明
日本音楽著作権協会(JASRAC)は2023年7月24日、AI開発が「創造のサイクルとの調和」が取れていればクリエイターにも文化にも有益だとしつつ、AI開発事業者によるフリーライドが日本では容認されるという見解が広がっていることに「大きな懸念を抱かざるを得ない」と表明しました。7
8. 「G7で唯一」という主張
JASRACは文化庁への意見提出のなかで、AI学習に伴う著作物利用について「享受目的がない」という整理で著作権を制限する枠組みを持つ国はG7で日本だけだと主張しています。これはJASRACの見解であり、中立的な事実というより問題提起として受け止めるのが適切です。8
9. 第30条の4の改正を求める
JASRACは2024年2月の意見書で、現行法の解釈だけでは不十分であり、第30条の4の改正を含む立法的な議論を強く望むと述べています。9
10. 創作者の92.8%が学習データ開示の法制化を要望
日本フリーランスリーグが国内のクリエイター24,991人を対象に行った国内最大規模の調査では、92.8%がAI学習データの出典リスト公開の法制化を重要と回答し、88.2%が強い同意管理を求めています。10
11. 学ぶための場:CRICの取り組み
公益社団法人著作権情報センター(CRIC)は、「基礎から学ぶ生成AI時代の著作権」といったセミナーやQ&A資料を通じて、AI時代の著作権をわかりやすく解説しています。2026年度開始の「未管理著作物裁定制度」に対応した情報提供も行っています。11
12. 法律事務所による射程の整理
STORIA法律事務所などのIP・AIに強い法律事務所は、第30条の4がAI学習にどこまで及ぶのか、適法な「非享受目的」利用と侵害となる利用の境界が未確定であることを詳細に解説しています。12
世界はどう動いたか:EU AI法・米国の訴訟・州法
13. 2024年6月24日、RIAAがSuno・Udioを提訴
米国レコード協会(RIAA)はユニバーサル、ソニー、ワーナーとともに、2024年6月24日にAI音楽生成サービスのSuno(ボストン連邦地裁)とUdio(ニューヨーク南部地区連邦地裁)を提訴し、学習目的での録音物の大量無断複製を著作権侵害だと主張しました。日本のAI音楽の現状についてはAI音楽の統計もあわせてご覧ください。13
14. Sunoは「フェアユース」だと反論
Sunoは2024年8月、著作権で保護された音楽でモデルを学習させることは米国法上の「フェアユース」に当たると反論しました。これはまさに日本の第30条の4が大筋でAI側に有利に決着させている論点です。14
15. EU AI法は学習データの要約公表を義務化
EU AI法は汎用AIの提供者に著作権遵守方針の策定とオプトアウトの尊重、そして学習に用いたコンテンツの「十分に詳細な要約」の公表を義務付け、これらは2025年8月2日に発効しました。日本の寛容な原則とは対照的なアプローチです。15
16. 米テネシー州のELVIS法
米テネシー州のELVIS法(声・肖像・画像の安全確保法)は2024年3月21日に署名され、2024年7月1日に施行されました。アーティストの声のAIクローンを規制する米国初の州法で、議会では全会一致で可決されました。16
17. 200名超のアーティストが公開書簡に署名
2024年4月、ビリー・アイリッシュ、スティーヴィー・ワンダー、ニッキー・ミナージュ、ボブ・マーリーの遺族など200名を超えるアーティストが、Artist Rights Allianceを通じて、アーティストの声を盗み印税原資を希薄化させる「略奪的なAI利用」に反対する公開書簡に署名しました。17
何が問われているのか:声・なりすまし・収入の未来
18. 創作者の収入24%が2028年までに失われ得る
国際的な著作者団体CISACが2024年12月4日に公表した世界初の経済影響調査は、音楽の創作者が今後5年間で累計100億ユーロを失い、2028年までに収入の24%が失われるリスクがあると予測しています。AI音楽提供者の年間収入は2023年の1億ユーロから2028年には40億ユーロに増えると見込まれています。18
19. 偽の「Drake/The Weeknd」曲が示した衝撃
2023年4月にGhostwriterが公開したAIによる偽の「Drake/The Weeknd」楽曲「Heart on My Sleeve」は、ユニバーサルが2023年4月17日に削除要請を出すまでに、Spotifyで約25万3,900回再生されました。これが音楽業界にAI音楽への警鐘を鳴らした出来事です。19
20. 商業的な賭け金の大きさ
訴訟を抱えながらもSunoは2025年11月、約2億ドルの年間収入を背景に24.5億ドルの評価額で2億5,000万ドルを調達し、これまでに約1億人が同サービスで楽曲を作成したとされます。AI音楽をめぐる法的攻防の経済的な大きさを示しています。より広い文脈は音楽業界の統計でも扱っています。20
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出典
- 文化庁:AIと著作権について(第30条の4と情報解析の基本) (bunka.go.jp)
- PatentRevenue:著作権法第30条の4の基本構造と生成AI学習の適法性(ただし書きの解説) (patent-revenue.iprich.jp)
- chosakukenhou.jp:改正著作権法 第30条の4解説(情報解析の定義) (chosakukenhou.jp)
- 長島・大野・常松法律事務所:「AIと著作権に関する考え方について」のポイント(2024年3月15日取りまとめ) (nagashima.com)
- 国立国会図書館 カレントアウェアネス:文化庁「AIと著作権に関する考え方について」公表(作風の狙い撃ち学習) (current.ndl.go.jp)
- JEPA 日本電子出版協会:文化庁「AIと著作権に関する考え方について」を読み解く(チェックリスト&ガイダンスの解説) (jepa.or.jp)
- ITmedia NEWS:JASRAC、生成AIに対する姿勢を表明「懸念抱かざるを得ない」(声明全文、2023年7月24日) (itmedia.co.jp)
- JASRAC:「AIと著作権に関する考え方について(素案)」に関して文化庁へ意見を提出(G7で唯一の主張) (jasrac.or.jp)
- AV Watch:文化庁“AIと著作権”素案に意見「法改正を含む議論を強く望む」(JASRAC、2024年2月) (av.watch.impress.co.jp)
- PR TIMES:日本フリーランスリーグ 生成AIと日本のクリエイター実態調査(24,991件、92.8%が開示法制化を要望) (prtimes.jp)
- 公益社団法人著作権情報センター(CRIC):AI時代の著作権の普及・啓発と解説 (cric.or.jp)
- STORIA法律事務所:AIと著作権【第2回】著作権法第30条の4の射程 (storialaw.jp)
- RIAA:Record Companies Bring Landmark Cases for Responsible AI Against Suno and Udio(2024年6月24日提訴) (riaa.com)
- TechCrunch:AI music startup Suno claims training model on copyrighted music is fair use(2024年8月) (techcrunch.com)
- Clifford Chance:Copyright compliance under the EU AI Act for GPAI model providers(2025年8月2日発効) (cliffordchance.com)
- Tennessee Office of the Governor:Tennessee First in the Nation to Address AI Impact on Music Industry(ELVIS法、2024年7月1日施行) (tn.gov)
- Euronews:Artists sign open letter warning against predatory use of AI in music(200名超が署名、2024年4月) (euronews.com)
- CISAC:Global economic study shows human creators future at risk from generative AI(2024年12月4日、収入24%リスク) (cisac.org)
- Variety:Fake AI-Generated Drake/Weeknd Collaboration Heart on My Sleeve Sets Off Industry Alarm Bells(約25万回再生、2023年4月削除) (variety.com)
- Music Business Worldwide:Suno raises $250m at a $2.45bn valuation, generating $200m in annual revenue(2025年11月) (musicbusinessworldwide.com)
Lena Brandt